優しい少年のような紅顔が、眉根を寄せ、愁いを含んだ阿修羅像の表情には、観る者の心を引き付け、視線をそらすことが出来なくなるような魅力を備えています。
しかし、この像が多くの人々を魅了するようになった原因は、如来像や菩薩像が、慈愛に満ちた尊像であっても、崇高な礼拝の対象として、自分たちからはるかに卓越した存在であるのに比べて、もっと人間に近い身近な感じの像で、しかも人間を超えた理想の像。
そうしたものが人々の心を捕えているのではないでしょうか。
興福寺の阿修羅像は、この神が釈迦の教化によって仏法の守護神となった姿で、天界を暴れ廻る鬼神のイメージはありません。
しかしこの像をよく見ると、例えば、やや眉根を寄せた悲しげにも見える表情の奥に、何か激しいものが秘められているように思えます。
この神秘な表情は、荒々しい心が仏の教化によって迷いから目ざめ、愁眉を開きつつある顔付きだといわれています。
まさにその通りで、恐ろしい顔から浄化された顔へと移り行く過渡期の表情を、見事に表現しています。
阿修羅は、お釈迦さんの話し中に、大衆が感激しそうなところで騒ぎ立てようと、その頃をうかがいながら耳を傾けました。
ところが、いつのまにかその説法に聞き入ってしまい、自分の役目を忘れて大衆と一緒になってしまったのです。
しかし他の悪神たちは、約束通りに良い頃で騒ぎ出しました。
それを聞いた阿修羅は、我を忘れ仲間に向かって「だまれ、うるさい、出ていけ」と追い払い、進んでお釈迦さんのそばに近づき、心静かに説法を聞きました。
その時の顔は、あどけない童子のように、晴々とりりしく、しかも本来の闘争心は皆無となって、ひたすら仏法を聞くよろこびに浸るのでした。
この表情が興福寺の阿修羅像の表情になっているのではないでしょうか。
仏像ができた背景について
しかし王子ですから生活の上では、何不自由なく育てられました。
釈尊(仏陀・ブッダ)は成長するにしたがって、周囲の人々を見て、人間は皆共通した悩みを持っている、ということに気づかれました。
この悩みとは、四苦八苦ということです。
四苦とは、生れる苦しみ、年をとる苦しみ、病気をする苦しみ、そして最後に死という苦しみ、つまり生老病死をいい、さらに怨憎会苦(おんぞうえく)、愛別離苦(あいべつりく)、求不得苦(ぐふとくく)、五陰盛苦(ごおんじょうく)の四苦とあわせて八苦となります。
そこで四苦八苦に悩んでいる人たちをどうしたら救えるかということを真剣に考え続け、ついに二十九歳で城を出ます。
(ここの詳細は「仏陀の教え-仏教の教え」サイトの「人生とは「苦」を背負って生きていく道」のページで記載していますので、参考にして下さい。)
そして六年間苦行して、三十五歳で悟りを開き、八十歳で亡くなるまでの四十五年間大衆に向って、人間としてこの世に生れた以上どうすれば正しい生活がしていかれるか、そしてどうすればその苦しみから逃れることができるか、というようなことを説法しました。
この説法の内容を後に弟子や坊さんたちが文章としてまとめたものが経典で、その完成は紀元一世紀頃といわれています。
釈尊(仏陀・ブッダ)が亡くなって、約六百年後に私たちが見ている経典ができたのです。
この経典の中に様々な仏様の名前が出てきます。
例えば観音教には、観音さまというありがたい仏がいるということが詳しく書かれています。
しかし、どの経典もその仏さまの姿、形ということについては、まったく触れていません。
まずお経の内容を見ますと、釈尊(仏陀・ブッダ)が仏の説明をしており、大衆の方から「その仏はなんでそういう名前がついたのか」、「どういう功徳がありますか」などと質問している様子が画かれています。
それなのにその仏の姿についてはまったく質問していないのです。
そこで後の坊さんたちは、いろいろの経典を何度も読み、また自ら苦行もして、仏とはこういうものだろうと自分なりに体得した悟りを人衆に伝えるようになりました。
これが今現在までに伝わっている多くの宗派となっていると思います。
なぜ釈尊(仏陀・ブッダ)の在世中に仏の姿とはどういうものかという質問が出なかったのでしょうか。
おそらく、釈尊(仏陀・ブッダ)在世の当時、大衆にとっては、釈尊(仏陀・ブッダ)の姿を「顔を見ているだけでもありがたい」、「声を聞いているだけでもありがたい」、こういうような状態で、現実の釈尊(仏陀・ブッダ)の姿を通して、その仏を想像するだけで、仏とはどんな形かという質問をしなかったと思います。
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その釈尊(仏陀・ブッダ)が亡くなると、説法を聞けなかった大衆は非常に残念がり、釈尊(仏陀・ブッダ)の姿を見た人に、どのようなだったかと聞きます。
するとお釈迦さまの背の高さ、顔、形、声など、見た人は見なかった人に伝えます。
釈尊(仏陀・ブッダ)の在世当時に仏の姿を聞いておかなかったのです。
なんとしてでも仏の姿を作りたいという願望が大衆からもりあがりました。
釈尊(仏陀・ブッダ)は宇宙のもつ偉大な力、法力、これらを〝仏″といっているのですが、この仏を信仰の対象として形に表わそうとすると、大変なことになります。
例えば、土という法力をどう形に表わしたらいいか。
こんにちの芸術家ならばできるというでしょうが、それは抽象的な表現となってしまうはずです。
そうした抽象的表現では本人にはわかっても大衆にはわかりません。
誰にでもわかりやすい形、つまりその像を拝むだけでも釈尊(仏陀・ブッダ)の説かれた経典の内容がすべてわかるような、そういう信仰の像にするには具象的な方が理解しやすいと考えられたからです。
そこから仏の姿を人格化表現することにしました。
その内容は大きくいえば三十二の特徴があり、細かくいえば八十の特徴があると伝えていきます。
これを如来の三十二相・八十種好というそうです。
見なかった人は、見た人に、「お釈迦さまの像を作ってもらいたい。」
見た人は、我々のような人間には、「あの尊い釈尊(仏陀・ブッダ)の姿はできないし、作れません。」と答えたと思います。
それではお釈迦さまはどれくらいにえらい方だったか。
見た人は、人類の王様のようだ、太陽のようにありがたい方だといい、そこで太陽を図案化して輪宝というシンボルマークを作って、その輪宝を釈尊(仏陀・ブッダ)として拝むようになりました。
また釈尊(仏陀・ブッダ)の歩まれた道、釈尊(仏陀・ブッダ)が立って説法しておられた場所、その場所に仏足跡を作って、その上に立つ釈尊(仏陀・ブッダ)の姿は表現せず、仏足跡を拝むようになりました。
また菩提樹の前で座禅しておられたというので、菩提樹だけを表現して、その前に座す釈尊(仏陀・ブッダ)の姿は作りませんでした。
このようにして、釈尊(仏陀・ブッダ)が亡くなった当時はこのシンポルマークを信仰の対象としていました。
しかし釈尊(仏陀・ブッダ)を見た人たちも、亡くなってしまうと、このシンボルマークだけでは満足できません。
そこで三十二相・八十種好、これを参考にして釈尊(仏陀・ブッダ)の像を作ろうということが考えだされ、約三百年後に仏陀の像ができました。
こうして仏陀の像ができると、今度は釈尊(仏陀・ブッダ)の説法の中に出てくる多くの仏の像を作ろうということになっていきました。
阿修羅像もそのようにして作られたのだと思います。
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